北海道の神社

北海道の神社

飯生神社

長の会夜神輿連合宮入

例祭奉納花火

所在地

049-3521

山越郡長万部町字長万部379番地

01377-2-2165

01377-2-2165

例祭日
8月11日
祭神
天照大神(あまてらすおおみかみ)
大國主命(おおくにぬしのみこと)
倉稻魂命(うかのみたまのみこと)
旧社格
村社
社殿様式
神明造
社殿面積
58坪(192㎡)
境内面積
2,800坪(9,256㎡)
氏子世帯数
1,200世帯
崇敬者数
500人
交通機関
JR長万部駅より徒歩15分

由来

当社は「いいなり」神社と言い創祀は江戸後期安永2年(1773)松前藩が番屋を建て守り神として建立した事に始まる。文化13年(1816)新たに京都伏見稲荷神社(現伏見稲荷大社)より御分霊を勧請。万延元年(1860)神社再建。神社所蔵の宝物『万延元年再建棟札』には、初代函館奉行竹内下野守保徳(たけうちしもつけのかみやすのり)、二代堀織部正利照(ほりおりべのしょうとしひろ)、三代・四代村垣淡路守範正(むらがきあわじのかみのりまさ)と松前家十二代藩主松前崇廣(たかひろ)公(後の老中陸海軍総奉行)と徳廣(のりひろ)公(十三代藩主)の名が列記、異国船退散と当国静安と記され蝦夷地の平安を祈念した。明治17年(1884)字長万部48番地に御社殿を造営。(間口4間、奥行4間4尺5寸)明治32年(1899)開村30年(開道30年)記念大祭が斎行され、村の公費で神輿(大阪心斎橋鎌田市右衛門作)を購入し9月23日から26日まで栗の木岱(現栗岡地区)から国縫まで初めて神輿渡御が行われた。この時代に村民に寄付を仰がず神輿購入費や大祭祭典費を公費で賄うなど極めて希な事である。大正9年(1920)例祭を8月8日宵宮祭9日御神幸10日御還幸と定め斎行。大正15年(1926)9月字長万部48番地の市街地より字長万部379番地の南部藩陣屋跡地の高台(現在地)に移転遷座。公費補助金50円と氏子村民の寄付で社殿を造営した。(神殿3坪16、幣殿11坪17、拝殿20坪、向拝2坪5寸)元の社殿は御旅所として8月10日神輿を駐輿し松前神楽や余興が賑々しく行われた。昭和5年(1930)8月8日村社神饌幣帛料供進神社に指定される。この年の村の予算に神社費として神饌料・幣帛料を始め供進使祭服・随員2名白丁・祝詞袋・雲脚台・唐櫃と覆・朱傘などの費用が計上される。昭和6年(1931)12月社務所を新築し神職が常勤となる。昭和41年12月社殿の改修と旧役場庁舎の払下げ材を使用して社務所を改築。(社殿補修費130万円、社務所改築費198万円、払下げ解体運搬費42万円)昭和58年(1883)創始創建210年を迎え御社殿御造営奉賛会を設立し現社殿を昭和60年(1985)に造営。(鉄筋コンクリート造銅板葺き、200、34㎡、総工費1億600万円)7月21日正遷座祭、8月11日奉祝大祭を斎行。昭和62年(1987)社殿建築元請け業者(株)山本組より神輿(京都井筒作製520万円)が寄進奉納される。平成12年(2000)に社務所を造営。平成25年(2013)に創祀創建240年記念事業とし大鳥居朱塗り塗装と御手水舎の造営。令和2年(2020)8月10日11日神輿渡御指定100年記念に、初めて新旧2基の神輿にて渡御を斎行し氏子平安・疫病退散(新型コロナウイルス退散)を祈願した。令和5年(2023)には創始創建250年の式年奉祝大祭を迎える。

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