由来
社伝によると、宇田遠江守師長他3名の従者が戦に敗れ船で乙部に逃れてきた際、飢えと疲労が甚だしかったので人家を探していたところ、夜に輝く光を見て人家と思い近寄ったがそれは月桂樹の老木の木瘤で、この不思議な木に祈願し人家の所在地を占ったところ、西南の方角に人家を発見し飢餓より救われたので、後日その老木の神徳に感謝し木の根元に塚を建て八幡大神を奉斎、この地に定住したという。慶長6年(1601)5月15日、住民が増加してきたので社殿を建立し岡山八幡宮と称した。宝永年間、人口の増加と共に飲料水が不足したため村人らが社頭に集まり祈願すると37日目に本殿の近くから清水が噴き出し、人々は「信心の水」また「八幡様の水」と呼び神の恵みに感謝したという。文久元年(1861)9月の強風の夜に村の一角より出火、本殿を残して総て焼失、貴重な諸記録も失う。明治9年10月16日に郷社に列せられ、同11年に拝殿を再建する。明治43年恵比須神社3社と滝ノ神社、翌44年海童神社を合祀、大正元年12月14日神饌幣帛料供進神社に指定される。昭和21年宗教法人となる。平成9年8月7日豪雨による土砂崩れで本殿が全壊、幣殿に御神璽を仮遷座した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
滝ノ神社 瀬織津姫命 文政3年創祀 明治43年12月6日合祀・恵比須神社 言代主命 文禄13年創祀 明治43年12月6日合祀・恵比須神社 言代主命 嘉永6年再建 明治43年12月6日合祀・恵比須神社 言代主命 明和2年創祀 明治43年12月6日合祀・海童神社 豊玉比古命 宇気母智命 慶長16年創祀 明治44年10月5日合祀
境内外末社
天満宮神社 菅原道真公